昭和41年11月25日 朝の御理解
あいよかけよで立ち行くと、あいよかけよというのはどう言う様な事か。そこには立ち行くという道が開けなければ相合に、いわゆるあいよかけよというのは、神様と氏子まぁ神様と氏子のあいよかけよによっての働き合いが、立ち行く道にと言う事になっていかなければならない。神様のお立ちになれば、同時に私共氏子も立ち行くという道に繋がって行き、そこへ広がっていかなければならない。
ですからそこには自ずと神様のお働きの場というか、又は氏子の働きの場というものがあるはずである。私共が神様の分域に入ってもできんというても又、神様とても氏子の働きの場に立ち下って下さることも出来んのです。そこのところを私は実意丁寧に頂いていかなければならない。私共はややもすると、自分の立場はほっぱらかしておいて、神様の立場に入ろうとする。それではいわゆる立ち行く道には開けん、それではおかげになっていかんと私は思うですね
まぁ例をもっていうなら、私共があああらなければならない、こうなかならければならいというて、ゆう心が我情であり我欲であるね、「あああらなければならない、こうなかならければならい、これは我情なんです。」それでもまぁ私共はああ有りたいとか、こう有りたいというのはまぁ思うのですね、そこにお取次の働きというかね、お取次の働きの展開と言われておりますがそこがあるんです。
ですから人間生身をもっておりますから、体が悪かったらどうぞ健康のおかげを頂きますようにとね、商売なら万事ご都合のお繰り合わせを頂きますようにと、いわゆるというお取次を頂いてお願いをするのです。だからお願いをしたらそこから神様の働きが始まるのですからね、ですからそこのところに神様の目には見えないけれども、働きがもう始まっておるのですから、そこんところをお礼を申し上げて、そこから起きてくるところの働きそのものを大事にしていかなければないけん。
しかもそのそこんところを実意丁寧に大事にしていかなければいけんのですね。ですからお取次を頂いたなら神様にお任せする。もうお取次を頂いたらもう神様の働きの場というものが神様の分域なんですから、私共が立ち入っちゃならんのです。ただそれを下さることの働きをです、いかに受けるかと言う事の私共の立場というものを、受ける者の場というものを大事にしていかなければならないかと言う事です。
まぁこれは私共の大体願いとする、思いとさせて頂いておったのは、まぁ例えば御造営なら御造営のことでもそうですね、始めの間は半年で出来上がるはずであった。それが一年になり一年半になり、増々例えばその見事に立派に成就していきよるです。ですから、私共が願いは半年の( )あの記念祭なら記念祭にでしたかね、を、合楽で御用させて頂きたいというのが私共の願いであったけれどもです、そこのところをお取次を頂いて、願わせて頂いたところがです、神様はそんなことではなかった。
それよりももっともっとおかげを下さろうとする働きが、その後において段々始まって来たんです。神様は半年とお願いしとったとに半年で建たなかった。一年かと思ったらまた一年、また一年半もかかると言う事になってくる。そこに今度のいわゆる立派な、いわゆる神様のいわば難儀な氏子取次ぎ助けあえる場として、それにもっともふさわしいものが成就していきよる。それでほんとここんところ人間じゃわからんもんじゃからね、不平に思うたり不足に思うたり。
いわば業者の事がなんとかかんとか思うとったけれども、神様の所にはこう言う様なご都合があったんだと言う事なんです。今最終的な段階に入っております。もう殆どまぁ九分、九分以上てけれおるでしょう。残す所いうなら洋間の所が少し残っておったです。井上組がおる所あとは、今度は日田の竹野さんと、いわゆるほんとの宮大工さんが入りましてから、本堂の所にかかると。かかったら20日でしまえるという。それが12月の23日頃には、私共がせんざだったというでしょう、親先生せんざ。
ここからはお進みじゃない、善導寺から奉斎式をと、でその奉斎式が十二月のいわば、( )出来ると言う、私共は願いでもあり思いでもあったけれども、どうした事でございますか、その丸屋のほうの尾州檜ほうの手配がどげんか私共としてはちょっと遅れて間違うておっとると言うけれども、そこには神様の一分一厘の間違いのない働きがあっておるのであると言う事。どう言う事じゃろうか。
まるっきり電話も来んが、ところがなんと、その丸屋の方から日田の大工さんのところを直接連絡がいきよったらしいですね、こちらが電話をかけてみて分かったんです。そして、そのあちらからの尾州檜がつきますのがいついつぐらいなると、してみると今年内に出来んから、来年の開けてから三日の日から仕事を始めさせてもらおうて、それから二十日間の予定でやる、というてその先日電話があって、委員長にかかった電話からかかって来たまた遅うなるですから。
ここにここへんがまあ私共は願いはそこに、十二月の事を思いで願っておった、お取次ぎを願っておるけれどもです、もうそれから先は神様にお任せをしなければならいと言う事ね、そして私はそれこそつくづくそこんところを思うんです。なるほど年末の押し迫ったところに、職人さん達でも気せからしいところに、いろいろまだバタバタあそこに雑然として仕事場に、例えば本当にもうそれこそ装束をつけてから致します。それにあぁいう雑然とした職人さん達やらが一杯おったら仕事がしにくかろうとね。
一応十二月一杯で、いろいろ他の建設業者が全部手を引いた後に、いわゆる新しい年にしかも正月の清々しい気持ちであの内殿にかかる、はぁ神様はこう言う様な所に思いがあったんだと言う様な事を思うんですよ、そうでしょうがね。例えば職人さんなんかと言うものは非常に気分を大事にするもんです、ですから例えばいい仕事とか、又は神様関係の仕事なんかというものは、もうわざわざ正月の仕事としてとるぐらい、とどくぐらいですそれを、私共がそげなんことではできん。
やぁやいうて立派にやってくれというてする筈がない、出来ん事が無いかも知れません。けれどもそこに立ち行かんと言う事は、神様の分域に入る事ですから、神乍なものが出来上がるはずがないです、どうでしょうかね、問題は神乍なんですと思う、神乍なお働きをここに感じてこそ初めて、なるほど我が身は神徳の中に生かされておるんだな、神様の働きの中にあるんだというその実感。
いわゆる有り難いという心で、なるほど神様にさえ任せてさえ行けばこういうおかげが受けられるんだと言う有り難い、勿体無いと言う実感というものが頂けるというのである。やぁや言うて無理を言うて、そしてその神様の分域に入っていって、でけんことはなかろうけれども、いわば結果においてはここのどう、あそこのどういわばこちらの思い以上のおかげにはなっていかない。
とやこういいながらも御造営もああした、進展成就の事を見ていきますとです、久保山先生が毎日毎日、とにかく見に行かれるのが楽しみのごたる、親先生とにかく素晴らしいことですバイもうその一言につきる、今日は先生どこをやっておりました見事な事ですよ。今日はどこどこ終わってます、はぁ神様のご都合ちゃあそこだったのかと思われるようにおかげを蒙っていきよるのです、このように神様の働きの場、氏子の働きの場ですからその事とこの事。
御取次を頂き、お取次ぎを願わせて貰うたらです、お取次ぎを願わせてもろうたらお取次ぎを頂いてと言う事はです、そこに展開されるところの問題というものを、いかに実意に丁寧に神信心させて頂きながら、受けていくか、そこんところを頂いて行くかと言う事なんですね、ここのいわば現れてくるそこん所だけを見てです、これは思う様にならん、これはじっとしてはおらんというて、神様の分域にまで足を踏み入れると言う事は、いわゆる我が身は神徳の中に生かされてあるんだ。
なるほど神様のこういう、妙なるまでのお働きというものを、くださるためであったんだとと言う事が分からないです。そこで私はいつも申しますように、そこんところの成り行きそのものを、大事に大事にしていかなければいけない、そのことを実意丁寧にしっかり御神意をたいして行かなければならない。そこんところがです、場合によっては例えば、三代金光様の御述懐の言葉を頂くならばですね、ここに座っておれば楽じゃと親様がいわれるから。
座っおりましたらね、始めの間はつろうつろうて、よう泣きましたとね、座っておれば楽じゃと言わっしゃったけどいっちょん楽じゃなかったと、親様様はしらごつばっかり言うちから、もう俺は座らんとは仰っていないと言う事ね、親様が仰るのだからただ座っておりましたらね、それこそ泣く泣く辛抱しいしいに座っておりましたらね、欲しいものもなくなり、思う事もなくなり有り難うて、有り難うてというお境地を開いて見えられたね、いうならお取次ぎを頂いてお願いしたのに反対な事になった。
楽じゃと仰った事が苦しくなった、けれどもそこんところをです、修行と思うてやり抜かせて頂きよったら、泣く泣くでも辛抱し貫かせて頂いておったら有り難うて、有り難うてと言う事になった、その有り難うて有り難うてという前程にです、思う事がなくなり、欲しいものもなくなりとこう仰る、いよいよ教祖の神様のお言葉を以ってすると我情がなくなって、自分で思う事が我情なんです、あれが欲しいこうあって欲しいというその我欲が、だから天地金乃親神様の願いというものはここんところだとね。
その我情をとる我欲をとる、私共がそれを外して行く所をです、私共は場合によっては泣く泣くでも辛抱しなければならない事があるんだと言う事。そうすると後で分からせて頂いたらね、あれもおかげであった、これもおかげであったと言う様な事が分かり、有り難うて有り難うてならんと、言う道が開けて見えられたと言う事、しかもその有り難うて有り難うてと言う心のおかげを受けられ、その事に対してです、お礼が足りないお詫びばっかりをしておりますと仰る。
いわゆる喜び一杯と本当に謙虚な、いわばお詫びばっかりで毎日を過ごさせて頂いておりますといね。私はここんところをですね、私は辛抱をし抜かなきゃいけないと思う、お願いをしてるのに右になったと、例えばお願いをしとったらかえって痛とうなった、そこんところをまた教祖が教えておられるね、信心しておって変わった事が起きたなら、お取次ぎを頂いてお願いをしたならば、そしてそこに変わった事が起きたならばその事をおかげと心得て、いうなら信心をせよと仰るのである。
有り難いと心得て信心せよとこう仰るね、そこんところを辛抱し貫かせて頂かでないかと言う事によってです、神乍なおかげ、というのが頂けてくるのであると私は思うのですね。金光様の信心をさせて頂いてですね、お取次ぎを頂いておかげを頂くと言う事はそう言うおかげでなからなければならない。そういうものが右に左に自分のことが、ぱっとおかげを頂くと言った様な事ではなくてです、そこに思いようにならない、けれどもその思いようにならない時こそがです。
いうたら神の働きの場であると言う事、私共の思いようになってない時には、実をいうたら天地の親神様のお心、次第の事になっていきよる時なんだと言う事、私共の願いをして、右に願っても左になっていきよる時は親神様の願いが成就しておる時だと言う事ね、素晴らしい事でしょうが。そこで段々私共は信心をさせて頂いて分からせて頂いて、お取次ぎを頂いて、お取次ぎを願ってお取次ぎを頂いて行くと言う事はです。
神様痛とうはございますけれども、苦しゅうはございますけれども、どういうご都合か御真意か分かりません氏子ではね、凡夫では分かりません、どうぞ万事よろしゅうということになってくるのである。そこにお取次ぎの働きが始まって来る、働きそのものを大事にしていくのである、実意丁寧にそこんところを、大事にしてゆくのである、いうならば、大坪総一郎という氏子に、天地の親神様がかけておられる願いと言うものがです、成就していくこと。
高芝秀雄なら高芝秀雄という総代にです、天地の親神様の願いがあると言う事、その願われたところが成就していく、その成就していく時には、私の願いは右になったり左になったり、そこにいわば、これは神様の働きはおかげを頂きょるとか、頂くじゃろうかというと言う様な所があるんだけれども、神様があぁ仰るのであるから、親先生があぁ仰るのであるから、泣く泣くでも辛抱しいしい抜かせて頂きよりましたら、その間にあの事も分からせてもらい、この事も分からせてもらい。
我情もなくなり我欲もなくなって有り難うなって参りますと言う事になってこなければならんね。そして成程天地の親神様は高芝秀雄にこういうおかげ、こういう神乍なおかげを下さる事の為にあれもあったんだと、これもあったんだと分からせて頂く時にです、もう我が身は神徳の中に生かされておるんだなと、言う喜びに浸らせて頂く生活がそこから出来てくるんだね、私共の小さい願いが一事二事成就したからと言って、本当に我が身は神徳の中に生かされてあるんだと、言う様なものは生まれてこない。
はぁ広大ななおかげを頂いたと言いよるけれども、それはもうすぐ消えてなくなるもんだと、我が身は神徳の中に生かされてある喜びにです、本当に浸らせて頂きながらの生活が出来ていくために、私共、私共の氏子の受け持ちの場というところをです、大事にしなかったら、神様が折角働きの場という、お働きを下さっておるその働きをです、くずにしてしまう結果になってくるね。
どうでもその神様の働きの場をお働きよいようにです、私共がさせて頂くために、まず私はそこんところを辛抱し貫かせて頂くと言う信心、いわゆるそこに展開されてくるところの働き、神の働きと言うものはです、それは痛い事かも知れません、苦い事かも知れません、臭い事かも知れませんね、だけんそこんところをです、はぁこの臭いニンニクのようなもので体が強うなって行くに違いはない、この苦い思いをする時に心の胃腸が丈夫になっていきよる時に違いはない。
そういう頂き方をして、その事事態に対してです、これは大坪総一郎にかけられる願いが成就しておる時なのだのだと、と分からせて頂いたらその事に対して、お礼を申し上げねなければおられないのであるね、お礼を申させておらねばおられんのであるね、そこに神様のいわば十全な働きね、神様が思う存分に私なら私の上に、お働きかけて下さる事が出来る様になる、そこに有り難うて、有り難うてと言う事になってくるじゃなかろうかと私は思うのです。
私共はどうも、ややすると神様のお働きの場まで立ち入ろうとする、そして自分の立場、自分の受け持ちの場というところを疎かににするね、自分の足元をしっかり見詰めさせてもらう、自分の受け持ちの場というものを、しっかり頂いて行かなければならい、そこんところを、実意丁寧神信心をしていかなければならない、勿論私がここ、三、四日申し上げておりますように実意丁寧とはね、天地日月の心になる事肝要なりと仰るね、その天地日月の心になる事が実意丁寧なんだと。
天地ほど実意丁寧なお方はおられないのだね、ですからその天地の心をまず分からなければいけないね、天の心というのは与えて与えてやまぬ心、条件のない心限りなく与える心、いわゆる愛の心である。夕べその御理解を頂きましてから、御祈念が終わってからでした、善導寺の原さんが、先生今日は主人がご用で車で参りました、ところがそこで参りましたら、いわゆる人の世話をする事が好きな、好きなという。
いわゆる親切な方があって、その方が私共お父さんに言われる事に、もう原さん私は人の喜びさえすりゃよか、もうそれが、私の一生を生きがいをそこに立てておる、だからこれはもう条件どもあっちゃもう絶対人の喜び( )出来んけんで、もうここんところに願いをかけておると言う事を、と言う事をと言う様な事を原さんに話されたそうです。それでほうここに何様かから拝まれるじゃろうと思うちから、けれども何様か拝んでおられるふうでもなからなければ、信仰しておるふうでもないけれども。
信心がなくても世の中にはそういう人ががあると言う事、なら人が喜ぶ事世界が明るうなることの為に、私しゃ生き甲斐を感じておるとこう言われた。それを帰ってきて主人と話しますから、本当に私共のごたる信心のあるもんでちゃ、もう本当にそげなこつに思いが出来んと参りましたら。この様な御理解じゃった。天地日月と言うその天の心というのはです、与えて止まぬ心愛の心、親切の心だと言う事なんです、こうしてやったらあれがこうしようかと、いった条件のあるような心じゃない。
そんなさもしい心じゃないね、信心がない人でもそういう思いに、生きがいを感じておられると言う位なのですから、私共は天地日月の心になる事だと、勿論大地の心、土の心ね、それを私共がです、黙ってそこを大地に平伏す信心なんです受けていく信心なんです、私共は与えてやまぬ心と、例えば一つの痛い問題であろうが、難儀な問題であろうがです、それを合掌して受けていくと言う、いわゆる辛抱強い大地のような信心、これが実意丁寧だと言う事、なるほどこれが実意丁寧だと私は思うんですね。
そこんところを神信心ね、信心の帯を御教えよってから天地日月の心になる事が肝要であると言う事がそのまま実意丁寧神信心であると言う事、そう言う実意丁寧を以って、神様の展開、神様のお働きというものをを、大事にしいかなければならないと、神様の働きの中にある、自分が具合は悪い、自分はいわば馬鹿らしいと言った様な事になってくる、そこんところを実意丁寧大事にしていかなければならない、神様の働きの場というのはそこにあるのである。ですから私共は私共で一生懸命に。
そこんところを有り難く頂かせて頂くことに取り組んでいきゃ、もう私共の場と言うものはそこなんです、そこんところを一つ間違い渾然としない、神様が氏子のところに入り込んできなさる、私共が入り込んだっちゃいよいよ乱れてしまうばっかりなんですね、我が身は神徳の中に生かされてあると言う事になってこないね、そこんところを私は「あいよかよ」とはそんな事じゃなかろうかとね、そこにあいよかけよで立ち行くと仰る、神様も立ち行き、私共もいよいよ有り難く立ち行かせて頂く道がそこから展開されてくる、そこから開けてくるんだと私は思うんですよね。
どうぞ。